佐木訴訟第一審判決

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主文:「原告の訴えは棄却する」

判決理由の要旨

1 国家賠償法21項の損害賠償責任について

1 転落防止柵を設置していなかったことについて

本件ホームの終端部や停止位置付近には、旅客の乗降階段、エスカレーター等の乗降設備はなく、ラッシュ時に旅客が線路に転落する危険性が直ちにあるとは認め難いから、直ちに転落防止柵を設置すべきとはいえない。

しかも、過走が避けられないという地下鉄列車運行の特殊性、列車をいったん後退させて旅客の乗降を行う場合の所要時間、ラッシュ時の御堂筋線の運行間隔、本数、乗降客の多量さなどからすると、仮に列車停止位置前方のホーム縁端部すべてに転落防止柵を設置するとなれば、過走の際に列車を後退させて旅客の乗降を行うことが必要になり、他の列車の発着のおそれによる列車運行に対する重大な支障、旅客の混乱、場合によりホームからの旅客の転落の危険が生じるおそれがある。

そして、列車前部の停止位置から前方何メートル以内は転落防止柵を設けず、その範囲内では停止車両を後退させない扱いとするかの特別な法的規定はなく、基本的には、各交通事業者が政策的判断として定める事柄であり、列車の停止性能に関する特性、旅客の安全、円滑な乗降の必要性等を考慮すれば、被告が本件事故当時設けていた、列車前部の停止位置から前方5メートル以内のホーム縁端部には、転落防止柵を設置せず、その範囲内では、停止車両を後退させることなく、旅客の乗降ができることとする旨の内部基準及びこれに基づき本件ホームに転落防止柵を設置しなかった被告の行為には、なお合理性がある。

さらに、被告以外の交通事業者に転落防止柵が設置されていないホームが相当数存在したことなどからすれば、本件事故当時、列車停止位置前方に転落防止柵を設置することが標準的なものとして広く普及していたとはいえず、被告の措置が他の交通事業者のホームにおける設置管理状況と比較して、特に劣っていたものとは認め難い。

新ガイドラインでは、転落防止柵の設置に関する特段の記載はないから、本件ホームで転落防止柵が設置されていなかったことが新ガイドラインに適合しないとはいえない。

そうすると、本件ホームの東端部に転落防止柵を設置していなかったことには、相当の理由があったというべきである。

2 警告ブロックを延長しなかったこと等について

警告ブロックを設置する趣旨は、視覚障害者に対し、警告ブロックを越えた先には転落等の危険が存在するという危険を表示し、警告ブロックを越えないように注意喚起を行い、もって、視覚障害者のホーム縁端からの転落や列車との接触事故の発生を未然に防止することにある。

警告ブロックをどこに、どのような形状で設置するか等、警告ブロックの設置方法については、法令上、これを具体的に定めた規定はなく、新ガイドラインでも、ホーム縁端からの距離等の記載はあるが、それ以上に危険防止のための詳細な警告ブロックの設置基準を定めた規定はないから、基本的には、視覚障害者の歩行の安全性を配慮した各交通事業者の政策的判断にまかされている。

本件事故当時採用されていた、警告ブロックをL字型に線路反対側に屈曲させるという設置方法は、視覚障害者に対する危険性に関する注意喚起の方法として十分意味のある設置方法であった。

さらに、被告以外の他の交通事業者の警告ブロックの設置方法と比較しても、本件事故当時、本件ホームの警告ブロックの設置方法が特異な設置方法であったとか、視覚障害者のホームからの転落防止設備として特に劣っていたものとは認められない。

ホーム縁端部と警告ブロックの形状については、L字型に屈曲させる設置方法のほか、コの字型に囲む設置方法やI字型に延長させる設置方法があるが、本件事故当時、I字型の設置方法が視覚障害者の転落防止に最も有効であるとか、L字型の設置方法が視覚障害者の歩行の安全性の面から不完全で問題があるとの見解が確立していたことを認める証拠はなく、警告ブロックの標準的な設置方法が確立していたといえないから、本件警告ブロックの設置方法自体に特段の問題があったとはいえない。

本件警告ブロックの設置方法の変更の要否、変更方法は、基本的に交通事業者の政策的判断であり、被告は、平成79月ころまでに警告ブロックの設置方法を変更して、縁端警告ブロックをまっすぐホーム終端の壁又は柵まで延ばすことにしたが、本件事故前にそのように変更するようにとの要請があったわけでなく、基準変更の縁由となった4件の転落事故については、その詳細な事故態様は不明で、事故原因が正確に確定できないから、従前の設置方法に安全上の問題があったから設置方法の変更をしたとまではいえない。

ガイドラインは、交通事業者等が公共交通ターミナルの施設整備を進めていく際の政策的な指針を定めたものであって、法的な作為義務を定めたものではないから、その性格上、ホームの形状、長さ、編成車両数、乗降客等の諸事情を考慮した、各交通事業者の自主的取扱いを否定するものではない。しかも、新ガイドラインでは、ホーム終端部の縁端警告ブロックの設置方法についての明確な指針はなく、本件事故当時の被告の警告ブロックの設置方法が、新ガイドラインに適合していないとはいえない。

3 立入禁止柵を設置していなかったことについて

本件ホーム東側終端部とホーム縁端部との間には、約34ないし40センチメートルの空間があり、被告がこの部分に立入禁止柵を設置しなかった理由は、このような箇所にまで通常乗降客が立ち入ることはないと考えたことにあり、それ自体が特に不合理な判断とはいえないし、しかも、普通鉄道構造規則で建築限界を設けた趣旨は地下鉄においても十分考慮されるべきであるから、本件事故当時、この空間に立入禁止柵を設置していなかったことは、特に不合理なものであったとはいえない。

4 本件事故前の転落事故と設置基準の変更について

大阪市交通局は、平成7624日に発生した転落事故を契機として、従前の設置基準を変更したが、これは、従前の転落防止柵や警告ブロックの設置方法では危険であるというよりは、転落が可能な空間をできる限りなくしていこうという観点からであったことが認められ、被告において、視覚障害者の転落防止設備として法的に要求される安全性を欠いていたとの認識があったとすることはできない。

5 天王寺駅の視覚障害者の事故の発生の危険度について

天王寺駅の周辺には、視覚障害者関連施設が7施設あり、天王寺駅の視覚障害者の乗降客数が相当あることが推測されるが、他方、各施設は、天王寺駅のすぐ近くに所在せず、最寄り駅はJR線その他であって御堂筋線天王寺駅を経由しないものもあること、しかも、大阪市営地下鉄における平成元年から本件事故発生までの視覚障害者の駅ホームからの転落事故の発生件数、天王寺駅についての発生件数などからすれば、天王寺駅のホームの視覚障害者の利用度の関係で、視覚障害者の事故発生の危険度が高かったとまでは認め難い。

6 人的配置について

本件事故当時、本件ホームには駅員が配置されていなかったが、天王寺駅が多数の旅客が乗降する駅であり、視覚障害者の利用者数が多い駅であるからといって、同駅の駅員の数等を考慮すると、本件ホームに常時駅員を配置する法的義務があったとはいえない。

7 本件当日の原告の歩行について

原告は、本件事故当日、梅田駅での乗車位置の確認をせず、そのため、天王寺駅での降車位置を勘違いしていたが、視覚障害者の歩行特性を考慮すれば、原告の過失とまで評価するのは相当ではない。また、原告は、本件ホームの警告ブロックがL字型に屈曲して北側に延びているのに、これに気付かないままに歩行を続けたが、これも降車位置の勘違いを前提とした行動であり、原告の過失として非難すべきものとまではいえない。しかし、他方で、警告ブロックの設置の趣旨、目的等からすれば、原告の行動が安全設備の設置者の期待に反する行動であったという点で、営造物の設置又は管理の瑕疵の有無を判断する際の事情として考慮することはやむを得ない。

8 以上検討したところによれば、本件事故当時、本件ホームの安全設備の設置方法等が通常有すべき安全性を欠いており、被告に本件ホームの設置又は管理に瑕疵があったということはできない。

2 国家賠償法11項、商法5901項の責任について

これまでに検討したところによれば、本件事故当時、被告の担当職員に本件ホームの設置又は管理に過失があったということはできないし、被告が原告に対する旅客運送契約上の安全配慮義務の履行を怠ったものといえないから、国家賠償法11項、旅客運送契約上の安全配慮義務違反を理由とする商法5901項に基づく損害賠償責任は認められない。

3 結論

  よって、その余の争点について判断するまでもなく原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決したものである。


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